動的溶液環境という新たな視点から、天然変性タンパク質の自己凝縮過程を理解します。

領域代表  関山 直孝
京都大学 理学研究科 助教

近年、天然変性タンパク質の液-液相分離の発見を機に、タンパク質の自己凝縮が生命現象のあらゆる場面で利用されていることがわかってきました。この液-液相分離は、神経変性疾患に関わるアミロイド線維化とも関係しており、生理学的・病理学的な分野から注目されています。我々はこの自己凝縮過程を理解するため、動的溶液環境という新たな視点を導入します。動的溶液環境とは、化学的・物理的な状態が時空間的に変動する溶液環境のことで、天然変性タンパク質の自己凝縮体形成を引き起こすトリガーとなることが明らかとなってきています。動的溶液環境が制御する自己凝縮過程を統合的に理解することで、生物学研究に変革をもたらします。

我々生物は食事により栄養素を摂取し、運動によりそれらを消費します。このような生命活動の中で、例えば血糖値は3〜9 mMの間で変動し、さらに糖からつくられるアデノシン三リン酸(ATP)も細胞内で5〜10 mMと変動します。アミノ酸や代謝物など他の化学物質も同様に大きく変動します。また生物の生命活動の中には、血流や神経細胞の電場など物理的な摂動も存在します。すなわち、生体内は化学的・物理的な状態が時空間的に変動する動的な溶液環境と言えます。興味深いことに、近年この動的溶液環境を、天然変性タンパク質と呼ばれる柔軟な構造を持つタンパク質が感知・応答していることがわかってきました。例えば、ストレスにより細胞内のATP濃度やpHが変動すると、天然変性タンパク質が液-液相分離して非膜型オルガネラを形成することにより、そのストレスに抵抗することや、神経変性疾患に関わるアミロイド線維化は、老化によるATP濃度の低下や生体内の流れによる摂動に対し、非膜型オルガネラが抗し切れなくなった結果の産物であることが示唆されています。このように、生体内の動的溶液環境が非膜型オルガネラやアミロイド線維といったタンパク質の自己凝縮体形成を引き起こすトリガーとなることが明らかとなってきています。

このようなタンパク質の自己凝縮は、細胞内のタンパク質分子が原子レベルで相互作用することにより生じる動的な現象ですが、原子・分子・細胞の全てのレベルにおいて従来の研究手法では溶液環境を自在に変動させるのが難しく、また実験データが不足しているため理論も確立していません。そのため、動的溶液環境と自己凝縮過程との関わりが正しく理解されておらず、そのせいで神経変性疾患の治療法の確立も進んでいません。そこで、本研究領域では原子・分子・細胞レベルの各階層で動的溶液環境とタンパク質との関わりを解析するための独創的な手法を開発してきた研究者が連携し、マルチスケールな研究を展開することによって、動的溶液環境が天然変性タンパク質の自己凝縮過程を制御する機構を解明します(上図)。とくに、水分子・イオン・代謝物など物質の濃度変動を化学的溶液環境、物質の流れ・物理的振動・電場などの変化を物理的溶液環境と定義し、各々の動的溶液環境がどのように(HOW)タンパク質の自己凝縮過程を制御するのか、そして、どのような(WHAT)動的溶液環境が自己凝縮過程を引き起こすのかを明らかにします。このように動的溶液環境の視点から天然変性タンパク質の自己凝縮過程の基本原理を紐解くことによって、非膜型オルガネラが関わる生理機能の解明や神経変性疾患発症の原因究明、さらにはその治療法の開発に繋げることを目指します。